怒りは自分に向けられている

ACIM6

何度も書いてきたかもしれないけれど、私は、怒りについての大きなイシューを抱えてきていて、そこに、何年もの間取り組んできた。

そして、それは、現在進行中でもある。
 
結果、今は、普段の人間関係では、さほど怒りっぽくはない(はず?)と自覚しているけれど、「いや、怒りっぽいでしょ」という声があるとしたら、「はい、その通りです」と認めたいと思う。

だけども、私個人の成長のプロセスでは、かなり怒りとの関係は良くなってきたように思う。

理不尽な境界線の侵入には、自分にNOということを許可して、正直な思いを伝えられるようになった。

関係性の近い人ほど、感情的になることもあるけれど、静かに、自分の思いを伝えることもある。

時々は、それができなくて、あとから、怒りが押し寄せてきたりして、悔しい思いをすることもある。

そんな時は、やっぱり、怒ることを恐れているんだなって、自覚する。

そして、かつてよりも、回数は減ったとはいえ、夫には、ちょっとしたことでも怒ってしまい、怖い妻の自分を演じてしまうときもある。

はっきり言って、その時自分がどう反応するかは、計算してできることではないから、怒りと自分の関係をより良いものにするためには、自分がどれだけ怒りについて掘り下げているか、また、それを解体し、赦すことに尽力したかにかかっていると思う。

怒らないほうがいいというわけじゃないし、怒ればいいというわけでもない。

怒りについては、ここの理解が、いつも難しいのだけれど、とどのつまり、怒りはただのエネルギーなので、そこに意味をもたせすぎているのならば、その意味は、ただの自我の作り上げた防衛であり、むしろ、怒りで自分自身を傷つけていることのほうが多いのだ。

スクリーンショット 2017-01-24 22.36.53どんな風に、怒りが自分を傷つけているかは、この本が役に立つと思う。

「・・・のせいだ」とか「・・・が悪い」という、意味づけのある怒りほど、最も大切なところにフォーカスを当てないように設定されている。

私たちが、怒っているのは、なぜか?

私たちが、怒る時、それは、誰に、何に、怒っているのか?

その問いが、いつも重要だ。

そして、シンプルに言って、その答えは、「自分自身」である。

その答えに行き着くことができた時、怒りとの付き合い方は劇的に変わる。

繰り返しだけれど、感情表現は大いにOKだけれども、怒れば解決するわけじゃないし、怒らないでいい人をすれば問題ないというわけじゃない。

喉が渇くことが間違いではないように、空腹が悪ではないように、怒ることは問題ではない。

ただ、喉の渇きも、空腹も、それが、健全ではなく、中毒のように生じていたとしたら?

いつも、甘いジュースを飲み続けてそれでも喉が渇き、胃に満タンに食べ物を詰めて満たされるために空腹を装っているとしたら?

それと同じことが、怒りでは生じることがある。

つまり、怒りを欲して、何もかもを、怒りのエネルギーに転換してしまうのだ。

信頼するインナーチャイルドワークの重鎮で、昨年亡くなったジョン・ブラッドショーが、かつて自身がそうであったと著書で書いている通り、怒りは中毒になり得るのだ。

だとしたら、その怒りは不健全な怒りであり、そんな怒りとの付き合い方は、決して私たちを救うことはない。

怒りはエネルギーだ。

それは、意味づけなど必要のない、純粋なエネルギー。

怒りのエネルギーに付随している様々な自我の思い込みを解体していった先にあるのは、自分自身への強烈な怒りでしかない。

そして、怒り中毒を抜けるためには、そこに触れる必要があるのだ。

私たちは、自分自身に怒っている。

この世界で自分を自由に表現できないこと。

誰かを傷つけてしまったこと。

この不自由な世界に生きていること。

仲間を救えないこと。

家族を救えないこと。

自分を救えないこと。

抜けられない自我の煉獄。

私たちは、自分を救いたくてしょうがないのだ。

13461003_10207037351508689_2024720735_o怒りは、自由になりたいともがく内側からのサインだ。

私たちは、ありったけのエネルギーで、自我という縛りを越えようと、怒りで、もがきつづけている。

自分自身に向けられた怒りのエネルギーに触れる時、怒りはもはや意味づけを必要としなくなり、怒りの中毒から抜けることができるだろう。

そうして、純粋な怒りのエネルギーは、私たちが、生きるための大切な燃料となりえるのだ。

川村イーシャ

〜もっとシンプルに、魂の望みに沿って生きたい人のための〜
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