No.145 球体の時間~その2

前回の「球体の時間」からの続きです。

この「球体の時間」が、実際にはどういうものかと想像するとき、子どもたちの生きている時間を思うと一番わかりやすいです。

娘が、あるとき、話してくれたこと。

「もう、明日の日直が待ちきれない!」と(笑)

そして、その日、帰宅した娘が、玄関で言ったこと。

「あー、日直たーのしかったー!」と(笑)

そのあふれる喜びが、ただただ、純粋で大きくて、私は、爆笑するやら、感動するやら・・・でした。

そして、また、ある日、スイミングから帰ってきた娘が言いました。

「あー、プール楽しかったー!ねーねー、それから、お願いがあって、焼き芋が食べたい!スイミングの前で売ってたの、焼き芋!あれみんな食べてたよ!食べてみたいよ!焼き芋!」

子どもたちって、今の自分の欲求と、喜びだけに忠実なんだなと、改めて気がつきました。

「日直が楽しみで仕方ない!」とか、「漢字が書きたくて、もー、たまらない!」とか(笑)

大好き、楽しい、食べたい、やってみたい・・・などなど、強烈な喜びと、あふれる好奇心を日々浴びせられると、夕食準備ですごく忙しい時間帯でも、爆笑と同時に、そのエネルギーの海に、投げ出されたような気分になります。

そんな喜びの海で遊ぶ子どもたちにとって、人生って、真っ直ぐに進む時間軸の上にあるのではないなと、つくづく思うのです。

ただ、瞬間が楽しくて、嬉しくて、たまらない毎日。

私も、子どもの頃に、確かに持っていた感覚。

野山を駆け回りながら、その瞬間に、命を最大限に生きていた・・・

説明の言葉になってしまったけれど、私が、娘の言動から感じたのは、懐かしさと確信を伴うような感覚でした。

子育てって、本当に、大変です。

子どもたちの身の回りの世話や心のケアもしながら、朝も、昼も、夜も、休みなし。

無意識にその役割に生きていたら、当然のように、楽しみたいとか、遊びたいという衝動も、削がれていってしまうのだけど、自分が、喜びの中心になったら、自分が、引き寄せる渦の中心になったら、一直線の人生で、子に奉仕し、子どもを育てていくだけの、年老いていくだけの人生が、違うものになるでしょう!

仕事だって、パートナーとの関係だって同じです。

一直線の人生から感じる仕事と、パートナー、家族と、球体の時間の中心から感じるそれらは全く違います。

時間を球体と捉え、その中心に入ることは、自分自身を生きることそのもの。

潜在意識のイメージが、私たちの人生を作り出していますから、無意識に思っているビジョンを変えることは、私たちの現実を、大きく変えていくんです。

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Ishaほうこ