No.189 「いい顔してたよ」って・・・

昨日、お産の話についてちょっと書きましたが、お産について語りだすと、結構たくさん話題がありますw

なかなか、語る場所がないのですが、この前、娘からすごく面白い話を聞いたので、メルマガで((friendly_name))にシェアしたいと思います。

3回目のお産の時、1年生だった娘が、夫と一緒に、立ち会ってくれたんですね。

自宅出産だったので、寝室で産んだのですが、私の枕元に夫と二人でいてくれて、手を握って、「ママがんばれ~!」って応援してくれました。

私が、痛みでぎゅーっと手を握ると、痛かったはずなのに、それにしっかりと答えて、手を握り続けてくれました。

そして、私を見ながら、娘は涙していました。

あの涙はなんだったんだろうな~って思います。

私が、苦しそうだったから泣いていたのか、それとも、それを超えて、命の現場に感動してくれていたのか。

「なんだか、涙が出ちゃう・・・まま、もうすぐだよー!赤ちゃん生まれるよー」って言いながら、そばに居てくれた娘の姿を思い出しながら、私は、後者じゃないかなって今感じています。

助産師さんは、ホメオパスで、2人目のお産の時からお世話になっている方なんですが、娘が本当に頼もしく、その場にいてくれたことに、感動してくれていました。

本当によくやったねって。

それと同時に、そうであっても、きっと、彼女は怖かっただろうから、ホメオパシーの恐怖のレメディ(アコナイト)をしっかりとって、衝撃を癒すようにとアドバイスを受けました。

だから、お産に立ち会ってくれたことが、娘にとってどうだったのかな~って、あとから考えたりもしたものです。

お産に立ち会ったのは、私がそうしてほしかったわけじゃなくて、たまたま成り行きでそうなったんですね。

ママが赤ちゃんを産んでいる部屋に、どうしても行きたくなった娘が、ばあばと一緒に部屋に入ってきたんです。

私が、子どもだったら、怖くって逃げ出していたかもしれません。

4歳の時に、発達障害と診断を受けたことのある娘ですが、大人との関わり方を見ていても、彼女が、とても天真爛漫だ感じます。

私は、子どもの頃、大人と真正面から会話をするなんてことはできなかったですし、親の陰に隠れて、子を演じていました。

だけども、娘が、大人に向かって、ありのままで関わっていく様子は、ある意味において、幼くも映るし、また、ある意味において、子どもらしくもあります。

まあ、もちろん、本人的には、大人に言えないこともあるでしょうし、遠慮したりいろいろと、大人への階段を登っていると思うのですが、そんなことを差し引いても、私の子供時代とは違うかなー?

新しい世代のほにゃららチャイルドみたいな・・・あんまり、私は使わない言葉ですが、そういう世代なんでしょうかね~?

まあ子どもはいつの時代も、みんな同じだと思うんですが、やっぱり、人のDNAに変化って生じているんでしょうか??

それは、置いておいて、そんな天然系の娘が、命の現場に、あのようにして、真正面から居てくれたことは、彼女の魂が望んでいたことなのかもなって、今になって思います。

こんなことを書いているのも、先日、突然娘があることを言ってくれたからなんです。

「そういえば、ママ、赤ちゃん産むときね、なんだか、いい顔してたよ、苦しそうだったけれど、なんだか、安らかで、幸せそうな顔だったんだよ」って。

顔真似付きで教えてくれましたw

文章でご紹介できないのが、残念です!ww

私にはわからなかった現場のそんなことを、娘が覚えていてくれたことに、なんだかとっても感動しました。

それが、本当だったかどうかは置いておいて、娘にはそんな風に見えていたっていうのが、何よりも親として嬉しいことです。

お産の現場って、怖いものじゃなくて、こんなにも、幸せと安らぎに満ちているものなんだって、娘には伝わったでしょうか。

私が子どものときから抱き続けていたお産のイメージとは違って、娘の中では納得できるものに昇華できているんじゃないかなって思いますが・・・

・・・だとしたら、うれしいなあ~♡
つづく
love Isha