No.195 内側を見るってどういうことですか?

時々、「自分の内側を見るってどういうことですか?」って、直球な質問をもらいます。

セッションを受けられた方が、「自分と向かい合うっていうのはこういうことなんですね。」って納得される姿を、何度も目にしていますが、確かに、それは、体験的なものであって、方法論や知識ではないから、実体験しないと、理解がむずかしいかもしれませんね。

という前提ですが、内側を見ることについて、あえて、詳しく書いてみたいと思いますw

自分の内側の感情や感覚を、構造化して理解していく作業が、内観の一つのやり方だと私は思います。

というのは、つまり、感情そのものにならずに、感情と自分の間に距離をとって、感情を、まじまじと見つめながら、それが、どういう構造になっているのか、解体していくんです。

わさわさわさーと内側に熱いものを掻き立てられるから「怒り」だとばかり思っていたものを、ヒョイっとすくい上げて、裏をよーく見てみたら、そこには悲しみがあったり、ハートが苦しくって、自分を責めてばかりの「罪悪感」をすくい取って、よーく洗ってみたら、中から「怒り」が出てきたり・・・それは、何が出るかは、その時によって、また、人によって様々です。

そして、それをよく観察できるやり方を教えてくれるのが、セラピーなんですね。

基本、内側の深い場所にある思いは、潜在意識の領域のもので、意識ではなかなか触れられません。

触れられないっていうのは、もっとも自分が隠したいと思っていることなので、触れていくのには、すごく勇気が必要です。

わかったつもりになって避けていたり、自分には無関係を装って必要ないと言ってみたり、潜在意識の恐怖が、自分に最もらしい理由を伝えて、向かい合うのを避けようとします。

だから、自分の些細な反応にも意識を向けていることが大切です。

シーフークリスが言っていた、諦める=明らかに見るっていうのは、そういうことなんだと思います。

明らかに見るために目覚めていることです。

私たちの多くは、眠っているんです。

何かをごまかすために。

本当に大切な真実を見ないために。

そして、その真実とは、とてつもない闇なのではなくて、自分自身の光なんだと言います。

多くの人が、魂の使命を探しているのは、自分の光を探しているからだと思います。

自分の光(=魂の使命)がわからないっていうのは、それを恐れて、わからなくしている自分がいるっていうシンプルな話。

自分自身が、その光を隠したいわけだから、「あなたの魂の使命はこれだ!」じゃじゃーん!って答えが出ても、光を隠したままでは、それを生きることはできないんです。

自分を理解することなしには、何も始まりません。

そして、理解とは、自分に生じていることを、曖昧にしないで、公平な目で、明らかに見て、認識することから始まるんです。

私たちが、本当に恐れているのは何か。

潜在意識が、恐れていることすら隠し続けて、意識の上では平然を装わせていること。

それによって、意識は、本当の自分でいられなくなって、自分はどこだ?って言いながら、魂の使命を探し続けているんです。

自分の魂の使命を知る前に、そのことを理解しておくと、自分の道を照らしてくれる光が差し込むんじゃないかなって思いますよ。

Isha